ドイツワインの歴史


古代ローマ人によって伝わる

ドイツワインの歴史は、紀元前100年ころまでに遡ります。
古代ローマ人によって現在のドイツの一帯が制圧されると、野生の後のリースリングとなるヴィティス・シルヴェストリス種からワイン作りが始められました。

1世紀から2世紀になると、ローマ軍が現在の主流でもあるヴィティス・ヴィニフェラ系のぶどうをドイツに持ち込み、本格的なワイン生産が盛んになりました。
そして、2世紀になると現在の銘醸地でもあるモーゼルの地に初めてぶどう畑が作られます。

ローマ皇帝プロブスによるワイン作りの奨励

ドイツワインが歴史的に初めて栄えたのは3世紀のことで、ワイン皇帝の異名を持つローマ皇帝プロブスがワイン作りを奨励したことによります。
その後しばらくはドイツにおいてワイン生産が盛んになります。

約350年の停滞

4世紀から6世紀にかけた350年間、ドイツワインは停滞することとなります。
東洋系の民族「フン族」の侵略にあったゲルマン人は追われるように南西部へと移住をする「民族大移動」が起こります。

これにより、ぶどうの樹が抜き取られ他の作物が植えられてしまい、ドイツの地におけるワイン生産は約350年もの間、暗黒の時代とも呼ばれる時間を過ごすことになります。

カール大帝による復興

しかし、その暗黒時代も8世紀から9世紀にかけて終わりを迎えます。
西ヨーロッパをフランク王国が統一すると、フランク王国の国王であったカール大帝が荒廃したぶどう畑の再建に力を入れることで、現在のドイツ地域におけるワイン生産が再興します。

このカール大帝により、現在のドイツ屈指の名産地であるラインガウ地方でぶどうの栽培が始まります。
ちなみに、このカール大帝はフランス語読みで「シャルルマーニュ」となり、あのブルゴーニュの「コルトン・シャルルマーニュ」の語源となっています。

遅摘み法、アウスレーゼの開発

その後は修道院の力などで順調にワイン生産が発展し、1775年には収穫を遅らせることによって糖度の高いぶどうを得ることができる「遅積み法」が発見されます。

また、1783年には、房を選んで収穫することでより品質の高いワインを作ることができる「アウスレーゼ」が開発され、ドイツワインは急激に品質を高めてきました。



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