ブルゴーニュワインの歴史


宗教を背景に発展

ブルゴーニュのワイン産業が発展した背景には、宗教・政治が大きく関わっています。
ベネディクト派のクリュニイ会とシトー会がブルゴーニュに修道院を設立し、その修道士たちがワイン造りを研究していくことにします。

彼らは、11世紀には土地によってワインの味わいに違いがでることを見抜いており、「クリマ」という区画を分けていき、特に優れた畑を「クロ」として石垣で隔てて区別して行きました。
テロワールという概念を最も早く持った地方がブルゴーニュであるといっても間違いではありません。

政治ツールとしての発展

その後、ブルゴーニュワインはブルゴーニュ公国の外交ツールとして発展を続けます。

外交ツールとしての価値を重んじたブルゴーニュ侯爵が、ワインの高品質化を命令し各生産者がこぞって品質向上に務めるようになります。
この時期に、ブルゴーニュにガメイ種を栽培することを禁止するなど、現代でも名残が残る品種の特性が生まれます。

その後、15世紀にブルゴーニュ公国はフランス王国との戦争に敗れて併合された所で、ブルゴーニュワインは勢力を失います。
しかし17世紀にルイ14世の主治医がブルゴーニュ・ワインを処方したことにより、フランス全土でブルゴーニュ・ワインが流行します。

この流行を背景に、力を失いつつあった修道院から有力な貴族が畑を取得していきました。
有名な例では、コンティ候がロマネという畑を獲得したことにより「ロマネ・コンティ」という畑になったという話もあります。

革命により畑が細分化

その後、フランス革命によってブルゴーニュの畑は国有化されますが、革命が終わると再び売却されることになります。

ブルゴーニュにはボルドーと異なり資金力のある少なかったため、この過程で相続や売却が繰り返されて畑が細分化していきました。

そのためブルゴーニュでは、1つの畑を1つの生産者が所有するというケースは非常に少なく、ほとんどの畑が複数の生産者に切り売りされています。
この点が、ボルドーと大きく異なる点です。



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